「やりたいこと」と「出来ること」の違い

自分の好きな髪型、ファション、趣味など、なんでもよいのですが

自分が好きなこととそれを他人からみた場合の評価は異なります。

当然と云えば当然なのですが、

先ほどの自分が好きな髪型、その髪型が似合っているのか似合わないのか

主観的な判断と客観的な判断が異なるように、

見方、判断、評価は立場によって

どうやら異なるのが相場のようです。

それと同じように、自分が「やりたいこと」と「出来ること」も

違うようです。

たとえば、バレエを例にすると、

顔が小さくて、首や手足が長く、脚はX脚〜バレエを習っている他人から

みれば、ホント!うらやましい条件です。。。

しかし、自分はバレエに向いていないと思っている。

あるいは、他の人はピルエットをまわるのに苦労しているのに

簡単にできてしまう、そんな人もいます。

なのに、あんまりバレエのレッスンに一生懸命ではない。

そんなことって、みなさんも経験ありませんか?

 

本音レベルのおはなしとして、

「バレエって、結局条件!」

そんな言葉をよく耳にします。

それは、ある一面正しいのだとおもいます。

なぜなら、海外にある有名なバレエ学校の入学試験のさい

やっぱり、将来プロのダンサーとして

その条件をもっているか?

問われることをみてもわかりますし、仕方がないところもあります。

しかし、どうなのでしょう?

いくら条件がよくても、努力しなかったら

練習(レッスン)をまったくしなくて、条件だけで

プロの世界に通用するのでしょうか?

多分、バレエに限らず、プロの世界はそんなに甘くはないのでは

ないでしょうか?

 

一番難しいのは、スタートが遅く、中三になってバレエを始めて

プロのダンサーになりたい!

たとえば、こんな例です。

一般的には、無理!

という言葉が聞こえそうですが?

先ほどの、「やりたいこと」と「出来ること」の見極め。

自分の判断と他人の判断。

こんな場合、

何を信じるのか?ではないでしょうか?

自分を信じるのか?

他人の判断、評価、忠告を信じるのか?

繰り返しになりますが、

立場によって異なる判断ならば、自分を信じて、自分のやりたいことを

一生懸命やってみる!

それを許してもらえる、あるいは応援してもらえる環境が

あれば、いや、環境が整っていなければ、環境を変えてでも

自分のやりたいことをやり通す!

そんな強い思い、信念があるのなら、

立場の異なる意見など、あまり問題ではないのではないだろうか?

 

では、やりたいことが出来ることになるのか?

おそらく、どちらともいえない。

出来る場合もあるし、出来ない場合もある。

無責任に聞こえるでしょうが、

未来のことは、誰にもわかりません。

それを無責任といって、挑戦しないのもひとつの選択ですし

出来るまで頑張る!というのも、選択です。

なにより自分の人生に責任を取ることができるのは

自分自身しかありません。

そして、何を信じるのか。

それも、自分の判断。

結果がわからなければ、何事にたいしても挑戦、トライしないと

いうのも一つの選択。

自由なんです!

結果がみえないから、

わたしたちはいま、生きているのです。

いま、

人生の真っ直中!

歩いている最中なのです。

生きているから、「やりたいこと」と「出来ること」に迷うのでは

ないでしょうか?

その答えは、結局自分のなかにしかありません。

 

しかし、

本当に必要なものは、

「努力と自分を信じる」才能がなければ、何事もなしえない。

一番必要なのは、条件だけでは足りず、

誰にも負けない練習、努力する才能と自分を信じる才能が

一番必要なものではないのでしょうか?

 

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